微笑み返し

周りの人が、どんな顔をしているかで、自分の内面が分かる。

と聞いた事があります。

 

周りの人たち、どんな顔をしているかな?

と思い返してみると、いろんな事が見えて来ます。

 

憎しみに満ちた人が多いなら、それは私の心が憎しみで周りの人たちを見ているから、その反応が返って来ているのかもしれない。

 

笑っている人が多いなら、日々、面白い事やワクワクする事を、自分自身が追いかけて、青春時代の様な心で生きているのかもしれない。

 

悲しんでいる人が多いなら、悲しみに満ちた心に、日々気持ちが引っ張られている自分がそこにいるのかもしれない。

 

 

 

そして、沢山の表情が、周りには散りばめられています。

 

それは、自分の中に、沢山の自分がいて、それらが統合されているからかもしれない。

 

なぜなら、周りの人たち一人抜いても、世界は維持できないからです。

 

私という世界は、その一つ一つの表情があるから、バランスを保ってそこにある。

 

誰かが、その一つを責めたとしても、それは、責める側と、非難される側というバランスを作っているので◯なのです。

 

 

もしも、懐かしくて、自分が本当に正しいと、罪を感じないでいられる様な、そんな本当の在り方、真実があるとしたら、どんな在り方を思い浮かべますか?

 

そんな、本当の、本当の、そのまた奥にある本当の、思い。

 

その素直な無邪気で純粋な心を、惜しげも無く披露出来るとしたら、、、どんな気持ちですか?

 

きっと、周りの沢山の人が喜んでくれるかもしれない。

 

それは、愛をもらえる体験かもしれない。

 

でも、その奥には、その人たちが喜んでいるのを、身体で感じている自分がいる。

 

 

そう思った時、きっと、

 

「笑顔を沢山の人に届けようかな」

 

と思いたくなる自分がいても不思議ではないですよね。

 

 

最初は、ほんの少しの、わずかな温もりしか、自分の心の中に感じられないかもしれません。

 

でも、その温もりをまずは認めてみよう。

 

そんな心の温もりが、どんどん勇気づけられる道を思い浮かべながら。

 

温もりは笑顔の純度を上げてくれるかもしれない。

 

そしたら、その笑顔を見て、親や、友達や、恋人や、子供や奥さんやご主人が、

少しあったかい心になるかもしれない。

 

そんな私の心は、光の様に、周りを照らし出しているかもしれない。

 

最初は小さな光しかなくても、

 

きっと最初は、認める所から、火をくべる事が始まるんですね。

 

 

微笑みで、沢山の人に接してみよう。

 

深い世界の事が分からなくても、

 

きっと、誰かが微笑み返してくれた時、

 

自分の心の芯が、ギュッと、悦びに震えるのを感じる事でしょう。