新年あけましておめでとうございます

こんばんは。

 

だいぶ遅れましたが、新年あけましておめでとうございます。

 

今年の始まり、1月1日の朝は、いつも行く青麻神社への初詣から始まりました。

 

写真を撮り忘れていたのですが、日の出前に出発したので、道の途中、辺りは真っ暗でした。

 

神社に続く車道はとても暗い、人通りの少ない道です。

でも、何故か嫌な雰囲気はなく、神妙の気持ちで道を進んで行きました。

 

もう沢山人がいるのではないか、と思って神社に着くと、あまり人がいませんでした。

灯籠に火が灯り、辺りはこじんまりとした落ち着いた空気に染まっていました。

 

誰かが、「人の欲望の集まる場所になってしまっている可能性のある、神社という場所」について話していたのを思い出し、

 

よし!この機会なら年初のおみくじも変な影響は受けないだろう、とそう思い、おみくじを引いてみました…

 

 

 

…実は、この神社に夏頃来た時に、ふと何かの本で書いてあった事を試してみようと思い、試してみた経緯がありました。

 

神社に鎮まる神様に、境内の中で話を聞いてもらう、という「見立て」を行う方法。

 

いろんな会話が頭の中で巡りました。

 

その中で印象に残ったのが、

 

「愛とは「合い」である」

 

という話でした。

 

言霊をひも解く発想を、今お世話になっている黒澤先生から聞いていたところでした。

 

それ以前から、おみくじを引いても、どんぴしゃりのメッセージが書いてある、とか、

 

何だか分からないけど、ふと行きたくなる場所であったとか、

 

これは「愛」だろうと思って、頭の中で神様に質問してみると、

 

それは「合い」なのだ、という事でした。

 

 

愛を感じる関係、何だか好きになってしまう場所。

そこには、「合う」力が存在していて、フィットするという空間の現象には、引き合う力があるというもの。

 

つまり、青麻神社のスペース=「空」は、私の身体に重ね合わせたがっている、という事でした。

 

…と、端から見たら何の事やら、という様な妄想チックな世界の中で、脳内の検索機能がフル回転しながら、また、何かのエネルギー?的なものが私に伝えてくれた事の内容のシェアでした。

 

おみくじには、きっとまた何か愛の籠ったメッセージが有るに違いない、と思い引いてみると、思いのほかいい結果でした(内容はここでは公開しない事にします)。

 

もう一つ、アクセサリーの入っているおみくじを引くと、そちらは少し良くない結果でしたが、メッセージは正にどんぴしゃりな内容でした。

 

仙台の伝統工芸の品であるだるまを親にお土産に買って、その朝は家に帰る事にしました。

 

ところで、このだるま、頭の部分が青くて、胴体下部分が赤く、そこには白い筆書きがされているのですが、今まで派手だな、とは思ってみてはいたものの、よく見てみると、その白い筆書きは「蓮の花」の模様の様に見えます。

 

赤は第一チャクラの色。

 

何だか象徴的な物を見たな、と思いました。

 

私は多分まだ物欲は手に入れる物というものに左右されるという現状があります。

大切にすべきものは大切にして、、、と考えると、いろんなカテゴリーがあります。まずは、生活の基盤を充実させる事も考える事になります。

 

勿論、その中にも、何をするのか?どのように生きるのか?も散りばめながら。

 

今年の抱負は、「テーマを決め、着実にその方向に向かって進む事」です。

 

年初の目標は一昨年から決め始めてましたが、挫折に終わりました。

 

でも、今回は、叶ったイメージが身体に根付いているのを感じて、それはとても自分にとって本望な感覚なので、

 

その「生き方」にまつわる感覚を大事にして、日々成長していこうと思いました。

 

ちなみに、そのテーマとは「いろんな意味で喜びに満ちあふれている」という事です。

 

 

…勿論、頑張らないで、という事も大事にします。

今日は、何か課題を解決しようとしなくても、そこにいるだけでいいんだな、と感じ、胸の奥が温かくなる思いを感じた所でしたので^^

 

 

今回も最後まで読んで頂きありがとうございました。

 

また記事を書きますので、どうぞ遊びに来てくださいませ。

 

 

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